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熊本地方裁判所 昭和28年(行)29号 判決 1956年9月04日

原告 吉島産業株式会社

被告 熊本国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十八年八月四日為した原告の昭和二十六年一月一日より同年十二月三十一日に至る事業年度の法人税に関する審査請求を棄却する旨の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として「原告会社は食料土産品販売及び食堂経営を業とする法人であるが、その昭和二十六年一月一日より同年十二月三十一日に至る事業年度の利益金は収支計算の結果五万二千五百八十四円となり、同二十七年二月十日の株主総会において右決算報告が承認せられたので、同月十八日大分税務署長に対し右決算のとおり同事業年度の所得を五万二千五百八十四円と確定申告すると共に、これに対応する法人税一万八千三百七十円を納付した。然るに大分税務署長は同年七月一日附を以て原告会社の右事業年度の所得を三十七万六百円積立金二万六千六百円税額を十九万二千二百四十円と更正しその旨通知を為したので、原告会社は同月十日再調査を請求したが、同年八月四日これを棄却せられたため更に同月二十日被告に対し審査請求を為したところ、被告は同二十八年八月四日附を以て審査請求を棄却する旨の決定を為した。しかしながら右営業年度中の原告会社の所得計算は、係数を整理した結果一部当初の申告と異る点はあるが、

一、営業所得

食堂部売上高    四九三、〇一一円

販売部売上高  三、七三五、九三八円

計       四、二二八、九四九円

食堂部原価     五二〇、七一五円

販売部原価   二、七八一、四二九円

計       三、三〇二、一四四円

差引荒利益     九二六、八〇五円

一般経費販売費   八八二、七五〇円

差引営業所得     四四、〇五五円

二、営業外所得

営業外収入      二〇、二八四円

営業外支出      一〇、八九五円

差引営業外所得     九、三八九円

所得総計       五三、四四四円

及び積立金      二六、六〇〇円

である。

右のように被告の認容した大分税務署長の所得額の認定と原告会社の計算との間に多大の差異が在する所以のものは、同署長並びに被告が原告会社食堂部の売上高を近隣食堂との比較等に基く単なる見込によつて実際よりも遥かに過大に見積つたこと、及び当然一般経費中に含まるべき原告会社社員吉島サト子の京都出張の旅費を経費に計上することを怠つたために外ならない。

即ち被告は原告会社食堂部の売上に関し原告会社の正確に記帳した帳簿の記載を理由なく否認し、不当な推計によつて年間売上高を査定しているのであるが、原告会社はもともと方針として土産食料品の販売をその主たる業務とし、食堂部はそのつけたりとして販売部の買物客に対するサービスの意味を以て経営しているものに過ぎないので、本来これによつて多額の利益を挙げることは必ずしもその目的としてはいない。例えば食堂部において提供する酒類清涼飲料水等の価格はすべて販売部における小売価格によることとし、且つこれを販売部の売上として取扱うことにしているので、原告会社食堂部売上は同程度の顧客の入りのある他の食堂に較べて少くとも販売部の売上として記帳される酒類飲料等の分だけは当然低くなる関係にあり、かゝる点において食堂一本の経営をしている近隣業者とは事情を異にしているので、単純にこれらの業者と顧客の入りの多寡を比較して原告会社の食堂部の売上を査定することはできない。又被告は食堂部の原価と売上との比率を云為するが、原告会社は大分駅前真正面に位置する関係上不心得な旅行客による無銭飲食の被害も大きいのであつて、かゝる事情と前記経営方針と相俟つて実際問題として本件係争年度の食堂部の売上は材料費を相償わない赤字経営の状態にあつたのである。又被告は原告会社の申告した一般経費販売費の内社員吉島サト子が京都地方に出張した際同人に支給した旅費六千八百八十円については原告会社の帳簿に明瞭に記帳されているのにこれを必要経費と認めなかつたのであるが、吉島サト子は社命により会社用務のため京都に旅行したのであるから、その旅費が原告会社の営業に必要な経費に含まるべきことは当然であるといわなければならない。

これを要するに被告の認定した原告会社の収支計算は正確に記帳した原告会社の営業帳簿の記載を故ら信用せず一方的に実情を無視した根拠のない架空の金額を計上したものであつて、その不当であることは勿論であるから、以上のような間違つた計算に基礎を置いて前記大分税務署長の更正決定を是認した被告の審査決定の取消を求めるため本訴請求に及んだ」旨陳述した。(立証省略)

被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として「原告会社がその主張のような事業を営む法人であること、その主張のとおり原告会社が昭和二十六年一月一日より同年十二月三十一日に至る営業年度の所得に関し為した法人税の申告及び納税に対し大分税務署長より更正処分が為されたこと、これに対し原告の為した再調査の請求が棄却せられ更に原告の為した審査の請求につき被告が審査請求棄却の決定を為した間の経過事実がすべて原告主張のとおりであることはこれを争わない。又係争年度の原告会社の所得計算については食堂部売上高及び一般経費販売費の二項目を争う外その余の原告主張の金額は全部これを認める。

同年度の原告会社の食堂部売上は八十六万七千八百五十八円であり一般経費販売費は八十七万五千八百七十円であつて、これと当事者間に争のない他の収支項目を通じて計算すれば同年度の原告会社の所得は四十三万五千百七十一円となるのであるから、右金額の範囲内でその所得額を三十七万六百円と認定した大分税務署長の更正決定並びにこれを支持した被告の審査決定には何ら原告会社の所得を過大に認定した違法は存しない。

即ち本訴における主要な争点をなす原告会社の食堂部売上高に関し被告の為した認定が所謂推計の方法によつたものであることは事実であるが、その金額は単なる近隣食堂との比較などによつて見込査定をしたものではなく、以下述べるとおり合理的な推計方法によつて算定した数字である。即ち原告会社の為した同年分所得の申告における食堂部の売上高は仕入高との比較上あまりに寡少でその営業の実情に徴し到底首肯しがたいものであり、被告において実地に調査した結果原告会社の食堂部売上帳簿の記載は杜撰で全く信用に値しないものであることが判明したので、かゝる場合に原価を基礎としてこれに対応する売上高を推計すべき資料として各国税局毎に作成されている商工庶業等所得標準率表中食堂営業の荒利益率を適用して原告自身の承認する食堂部原価から売上高を算出したのである。もともと一般商工庶業はこれを業種別に見れば夫々売上総額に対する原価部分と利益部分との比率は概ね一定しているので、全国各国税局は毎年業種別に経営の実態調査を行い各業種における売上に対する荒利益並びに純利益の平均歩合を算定し、これを表に作成して徴税の資料としているのであつて、実際個々の各営業は特殊な事情にあるものでない限り、夫々業種毎に同表に掲げられている程度の利益はこれを挙げ得ているのである。而して右標準率表には係争の昭和二十六年の荒利益率は記載されていないが、標準率表作成の際の熊本国税局の調査による同局管内における係争年度の食堂の荒利益標準率は売上百に対する四十五即ち四十五パーセントであつたから、被告においては原告会社の営業の実情をも勘案し原告会社食堂部の荒利益率は普通の食堂営業の標準よりは幾分低目にあるものとして前記四十五パーセントの範囲内でこれを四十パーセントと査定し、原価率六十パーセントを以て原告の承認する食堂部原価五十二万七百十五円から売上高を逆算し、これを八十六万七千八百五十八円と認定したのであつて、以上の計算において原告会社食堂部の売上についてはこれを過少に見積ることはあつても過大に認定したとの謗りを受くべき筋合は毛頭ない。

次に被告において原告会社が一般経費販売費として計上申告した金額の内社員吉島サト子の京都出張の旅費とある六千八百八十円を経費として認めなかつたため一般経費販売費の合計額に関する原被告の主張に同金額の開きが生じ、被告が経費をそれだけ低く認定していることは事実であるが、被告としては果して右吉島サト子が京都に旅行し原告会社から実際旅費の支給を受けた事実があるかどうか疑わしいと考える。仮に同人が昭和二十六年中京都に旅行した事実があるとしても、同人は原告会社にとり何ら責任ある地位にある役員でもなく、単に代表取締役である吉島佐吉の娘として経理事務の手伝を為しているに過ぎないものであるから、同人が会社の用務により京都に旅行したものとは到底解しがたく、仮令その際旅費を原告会社から支給されたとしてもこれを同会社の営業上の経費として計上することは到底できない。従つてこれを必要経費に計上しなかつた点においても被告の所得計算には何ら不当の点は存しない。

以上の次第で右二点において被告の為した所得計算を争う原告の本訴請求は到底失当たることを免れない」と述べた。(立証省略)

理由

原告会社が土産食料品販売及び食堂営業を経営する法人であること、原告会社の昭和二十六年一月一日より同年十二月三十一日に至る営業年度の所得に関し所得額を五万二千五百八十四円として為した原告会社の申告に対し大分税務署長より同年度の所得を三十七万六百円として更正処分が為され、これに対し原告会社より再調査の請求が為されたが棄却せられ、更に原告会社の為した審査の請求に対し被告国税局長が昭和二十八年八月四日附を以て審査請求を棄却する旨の処分を為したことは当事者間に争がない。

原告は右係争年度の原告会社の所得は申告の際の違算を修正しても五万三千四百四十四円に過ぎないから前記のように三十七万六百円もの所得を認定した大分税務署長の更正処分を是認した被告の審査決定は違法で取消を免れないと主張するのに対し、被告は同年中の原告会社の所得は四十三万五千百七十一円に及ぶものであるから同金額以下に原告会社の所得を認定した大分税務署長の更正決定並びにこれを支持した被告の審査決定には何ら所得を過大に認定した違法は存しないと抗争するのであるが、原被告の主張する所得額に右のような差異の生ずる所以は専ら原告会社食堂部の売上高に関する相互の主張の喰違と一般経費営業経費として被告の是認する金額以外に更に旅費として六千八百八十円の支出を認むべきか否かの二点に存するのであつて、右以外の収支項目については原被告間に何ら争は存しない。

そこで先ず本訴における主要な争点をなす右係争年度の原告会社食堂部の売上額につき審按するに、原告会社備付の売上帳であることにつき争のない甲第一号証中には本件係争年度の売上高として年間を通じて日毎の金額が食料品果物部(A)、食堂部(B)と区別して記帳されて居り、その内食堂部(B)として記載された金額の年間の集計は略原告の主張と一致する四十九万三千二十円となることが計算上明かである。しかしながら右売上帳の記載が食堂部の売上全部をありのまゝ誠実に記帳したものであるとの点は被告の否認するところであるから、次に右帳簿が果して採つて以て課税標準認定の資料に供し得るものであるか否かについて更に検討することとする。

成立に争のない乙第六号証の一乃至三に証人佐藤守の証言を綜合すれば、全国各国税局は毎年管内の商工業その他の諸事業者につき業種別に経営の実態調査を行つて居り、これに基いて各業種毎の売上総額に対する荒利益(即ち売上総額からその原価を差引いた利鞘の部分)の割合及びこれから更に経費を控除した純利益即ち所得の割合等の平均をあらわした夫々の標準率を算定し、これを表に作成して国税庁長官の承認を得た上、課税上売上高所得額等の推計の資料として使用していること、乙第六号証の一乃至三は熊本国税局の調査による昭和二十六、七、八年度の同局管内の諸営業の所得率及び荒利益率等を示す各年度の標準率表であつて、同表によつて明かなとおり、同局管内の食堂営業においては昭和二十八年度は荒利益四十四パーセント所得三十三、四パーセント、同二十七年度は荒利益四十五パーセント所得三十一、五パーセント、同二十六年度は所得三十五、五パーセントであること、及び昭和二十六年度迄の標準率表には荒利益率は記載しない扱となつていたため同表に表示されてはいないが、熊本国税局の調査結果による同年度の食堂営業の荒利益標準率は四十五パーセントであつたことを認めることができる。

而してかゝる営業の実態に関する一般的資料としては各経営について課税上その経理内容を調査することを直接の職責とし、そのために強力な組織と権限とを与えられている税務当局によつて職務上作成された標準率表が訴訟上においても信頼するに足る資料であることは勿論と言えるから、係争の昭和二十六年中において熊本国税局管内の食堂は通常の業態において一般に四十五パーセント程度の荒利益を挙げていたものと認むべきである。

然るに原告の主張によれば、四十五パーセントの荒利益はおろか、原告会社の食堂部は年間の原料代五十二万七百十五円にも及ばない四十九万三千十一円の売上しかなかつたというのであるから、かゝる売上帳簿の記載が正しいものとせられるためには原告会社の食堂部には一般の食堂経営におけると同一の利益を挙げ得なかつた特殊の事情がなければならぬというべきである。

この点につき原告会社代表者吉島佐吉は食堂部は経営規模が小さかつたこと、遊興飲食税を厳格に顧客から徴収する関係で他店との競争上材料を特に吟味する必要のあつたこと、駅前食堂であるため仕掛材料の売残りや知人に対する無料奉仕その他無銭飲食による被害等の多いことなど利潤率の低い所以を縷々供述し、証人高取義彦同吉島サト子も社員として概ね右と同趣旨に帰する証言をしてはいるけれども、右証言並びに供述はこれを証人衛藤歌五郎同小形貞子等の証言と対比すれば之をそのまゝ信用することはできず精々原告会社食堂部が標準的な食堂経営と較べて利潤の高い方ではなかつたであろうという程度の心証を惹き得るに過ぎない。

却つて証人山村浩の証言によれば原告会社食堂部は昭和二十五年迄は概ね四割程度の荒利益を挙げていたものであつて特に同二十六年度に利益率を低下せしめるような特殊な事情は存在しなかつたこと、及び翌年度になつてからのことではあるが、同証人外一名の税務署員が命により原告会社の経理に関し実地調査を行つた際、売上帳簿に売上が逐一正確に記帳されず、記帳の為されない匿された売上のあることを現認している事実をも認め得るので、前記のように売上が材料代にも及ばないように記帳されている原告会社の前記売上帳の記載は少くとも食堂部の売上に関するかぎり、実際の売上の内かなりの部分が脱落しているものと考えざるを得ない。

以上の次第で原告会社が正確に売上を記録したものとして呈示する売上帳そのものは全く信用に値しないものというの外なく、従つて原告会社食堂部の売上額は別の資料から間接に推計する以外直接これを認定する方法の存しないことは明かであるというべきところ、税務当局は本訴において当事者間に争のない原告主張の食堂部原価五十二万七百十五円を基礎として売上荒利益率を前叙の標準率の範囲内で四十パーセントと査定した上、原価率六十パーセントを以て右原価から売上高を逆算認定したもので単なる近隣業者との比較等に基き見込査定を為したものでないことは前記山村証人の証言によつて明かであつて、売上の実額を直接捕捉し得ないかゝる場合の売上額認定の方法として税務当局により採用せられた右方法は合理的で、被告の算出した売上高八十六万七千八百五十八円の認定は妥当であるといわざるを得ない。

証人衛藤歌五郎は一口に食堂という内にもいわゆる赤提灯、小料理屋、大衆食堂の三種が区別され、そのうち原告会社食堂部などが属する大衆食堂が利益率は最も低いので、荒利益は精々三割五分程度に過ぎないとの趣旨の証言をしており右証言のうち通常食堂といわれるものの間に右のような三種の業態が存在しその内大衆食堂の利益率が最も低いとの点は首肯し得るけれどもその挙示する荒利益歩合というのが精密な原価計算や統計上の吟味を経て得られた数字であるとは認めがたく、いわば同証人の胸算用に基くものであつてみればこれを以て前叙のように税務当局が職務上作成した食堂一般に関する荒利益標準率を原告会社食堂部に適用するについての妨と為すに足りないことは勿論といわなければならない。

尤も成立に争のない甲第六号証の一、二によれば本件係争年度の税額が前年度前々年度の税額より著しく増大していることは明らかであるが、かゝる事実自体は直ちに本件係争年度の所得額の認定が過大であるとの結論を導くものでないことは勿論であつて、若し原告会社の前年度と本件係争年度の営業状態に関し特段の差異がなかつたとすれば、本件にあらわれた資料によつて見るかぎり逆に前年度の課税が過少であつたものとなさざるを得ない。

次に原告会社が一般経費に属する旅費として支出した社員吉島サト子の京都出張の旅費六千八百八十円が被告の所得計算からは控除洩れとなつているとの原告の主張につき検討するに、原告会社の営業帳簿であることに争のない甲第二号証の三には本件係争年度の昭和二十六年五月十九日吉島サト子の京都行旅費として同金額を支出した旨の記載が存し、証人吉島サト子の証言により同人が其の頃一週間程京都に旅行した事実はこれを認めないでもないが、前記高取証人の証言によれば原告会社は事実上その代表者吉島佐吉の個人事業に等しい同族会社であることが明かで、右吉島サト子証人の証言によるも、同証人は当時十九歳位で右吉島佐吉の五女として原告会社の会計事務の一部を補助していたものに過ぎず、旅費として受領したという金額も予め内規として定められた旅費規程等により支給されたものでもなく又領収証等の証憑書類に基いて支出実費の償還を受けたのでもないというのであつて見れば、京都市における有名店舖の飾付の見学のため社命により出張したものであるとの同証人の証言はその言葉どおりの意味においては全く信用することができず、却つて同証人が個人の用向で京都に旅行した際父から貰つた小遣銭を会社用務のため出張したことにして会社が旅費を支出した形に帳簿を作為したに過ぎないものと推認する資料とさえなし得るのであつて、他に右原告の主張を支持するに足る証拠はない。

以上の次第で原告会社食堂部売上高についても、又経費の内旅費の計上の点についても、被告の認定に何ら誤謬のないことが明かであつてこれと当事者間に争のない他の収支項目と通算すれば本件係争年度における原告会社の所得は被告主張のとおり四十三万五千百七十一円となり大分税務署長の認定した所得額三十七万六百円はこれを六万四千五百七十一円下廻ることが計算上明かであるから、其の意味において同税務署長の為した更正決定を支持した被告の審査決定には何ら原告会社の所得を過大に認定した違法は存しないものというべきである。

よつて原告の本訴請求はこれを失当として棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浦野憲雄 今富滋 三代英昭)

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